【開催レポート】子どもが“真ん中”な社会ってどんな社会?|〜子ども・子育てゆんたく会 Vol.1〜

はじめに

2025年11月16日、宮古島市保健センターにて「子ども・子育てゆんたく会 Vol.1」を開催しました。
今回のテーマは、
「子どもが“真ん中”な社会とはどんな社会なのか」

講師の高祖常子さんから専門的なお話をうかがい、参加者の皆さんと活発な意見交換を行いました。

子ども・子育てゆんたく会って?

子どもが育つのは、家庭だけじゃない。
これからの宮古島を、子どもが真ん中にいて、親も地域もいきいきと支え合える島にしていくために、一緒に子どもが育つ環境を見つめ直すための場です。
この「ゆんたく会」で集めた声を基に、宮古島市子ども・子育て支援条例(仮)の素案を策定していきます。

高祖常子さんについて

認定NPO法人児童虐待防止全国ネットワーク副理事長。
NPO法人タイガーマスク基金代表理事、NPO法人ファザーリング・ジャパン副代表理事ほか。
資格は保育士、幼稚園教諭2種、心理学検定1級、キャリアコンサルタントほか。Yahoo!ニュース・エキスパートコメンテーター。
著書は『どう乗り越える?小学生の壁』(風鳴舎)、『感情的にならない子育て』(かんき出版)ほか。

現代の”子育て”には、どんな困難があるの?

「子どもが真ん中」の社会を実現するためには、まず一般的にどんな課題があるのかを理解することが不可欠です。
まず共有されたのは、現在の子育てを取り巻く多様な困難。
「親の努力不足」だけではなく、社会構造や環境の問題が大きく関係しているとのこと。

家庭環境の複雑化

  • 虐待、DV、親の精神疾患(うつ病など)
  • ひとり親家庭、ステップファミリー
  • 外国籍の親が抱える言語・文化の壁など

子どもの特性に起因する課題

  • 発達障害や身体障害を持つ子どもとその家族
  • 兄弟姉妹へのケア不足(きょうだい児)
  • 医療的ケア児を持つ家族の負担

社会構造に起因する課題

  • ダブルケア(子育てと親の介護)
  • ヤングケアラー
  • 経済的困窮(貧困)

私たちは、子どもを「虐待」で支配していないだろうか?

子どもが耐え難い苦痛を感じれば、それは虐待です。

高祖さんのこの言葉にハッとさせられました。
私たち大人は「しつけ」と称して、子どもの意思や意見を不覚にも奪っているかもしれないー。

自分が叩かれたとき
知らない人が叩かれているのを見たとき
大好きな人(パートナー、恋人、親友)が、他の人から叩かれているのを見たとき
自分の3倍の大きさの巨人が、自分の3倍の手で叩いてきたとき
みなさんは、どんな気持ちになりますか?

大人に当てはめて考えると「嫌だな」と思うのに、子どもには疑う事なく手を出してしまったり、
否定する言葉を言ってしまったりすることはありませんか?

「しつけ」と「虐待」は、
子どもの心身に大きな傷を負わせないかという子どもの視点が境界線。

体罰がもたらす影響は、計り知れないもの。


心に傷を負った子どもには、どのような影響が出ると思いますか?
高祖さんは次のようにおっしゃってくれました。

体罰は恐怖による支配を生み、子どもが「なぜダメなのか」を学ぶ対話の機会を奪う。
その結果、問題解決能力が育たず、親の顔色を伺う子になってしまう。

暴力の学習につながり、「言うことを聞かない相手には暴力を使っても良い」と誤認させ、いじめなどの加害者になるリスクが高まる。

親による体罰は2020年4月から法律で禁止されていますが、社会への周知が不十分である点が大きな課題だそう。

子どもの権利条約は大きく分けて4つ!

では、私たち大人は、子どもたちに対してどのような事を意識すべきなのでしょうか?
ここで登場するのが「子どもの権利」です。
1989年の国連総会で採択され、1990年に発効。日本は1994年に批准しています。

子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)は、
世界中すべての子どもたちがもつ人権(権利)を定めた条約です。

▶︎ 詳しくはこちらをご覧ください。

「子どもが真ん中」の社会を築くための土台として、世界中で守るべきだと定められている「4つの大切な権利」があります

  • 生きる権利
    住む場所や食べ物があり、医療を受けられるなど、命が守られること
  • 育つ権利
    勉強したり遊んだりして、もって生まれた能力を十分に伸ばしながら成長できること
  • 守られる権利
    紛争に巻き込まれず、難民になったら保護され、暴力や搾取、有害な労働などから守られること
  • 参加する権利
    自由に意見を表したり、団体を作ったりできること

今回のゆんたく会で特に焦点が当てられたのが、「参加する権利」です 。

「自分の意見を持つ」のは、言葉を話せるようになってからではありません。
言葉を持たない赤ちゃんも、泣いたり笑ったり、全身でその意思を表現しています 。
私たち大人がその様子を丁寧に観察し、子どもの言葉を否定せず、先を急がずに向き合って聞くこと
それが「一人の人間」として尊重するということです 。

例えば、日常でよくある「おもちゃが欲しい!」と駄々をこねる場面。
ここでも、子どもの「参加する権利」を尊重するヒントが隠されています。

(例)「このおもちゃが欲しい!」と駄々をこねられた場合
子:このおもちゃ欲しい〜!
親:欲しいね、これ面白そうだよね!今日は買えないけど、貯金して買えるようにしてみよっか?

大切なのは、まず「欲しい」という、子どもの純粋な気持ちをそのまま受け止める(肯定する)こと。
その上で、「なぜ今日は買えないのか」「今後はどうしていくのか」を丁寧にフィードバックする 。

この積み重ねが、子どもたちの「自分の意見を大切にしてもらえた」という安心感を生み、挑戦する意欲や、自分を大切に思う「自尊感情」の芽生えに繋がっていくそうです。

子どもは安心して自分の気持ちが出せると、安心感を得られ挑戦への意欲にもつながる
この循環が、子どもの自尊感情や自己肯定感を育む上で必要不可欠。

今日から意識したい!言葉にならない想いを聴く「子どもアドボカシー」

大人優先で作られてしまうこの社会。「子どもはまだ分からないから」「大人の方が正しい」——。
そんな風に思って、子どもの声を後回しにしていませんか?

子どもが何かを伝えようとしたとき、忙しさから向き合ってもらえない経験が重なると、子どもは「どうせ言っても通じない」と、自分の意思を伝えること自体を諦めてしまいます。
この「心の諦め」は、自分で考える力や、将来新しいことに挑戦するエネルギーを大きく削いでしまうことにもなりかねません。

では、私たち大人は今日からどんな「行動」ができるのでしょうか?
そのヒントが、「子どもアドボカシー」という考え方です。

「子どもアドボカシー」とは?

子どもが自分の意見や考えを表明できるようにサポートすることを指します。 大人が勝手に「子どものため」を決めつけるのではなく、子どもが何を望んでいるのかを対等な立場で聴き、その実現を後押しする。いわば、子どもを一人の人間として尊重する「関わり」そのものです。

「Opinion(意見)」ではなく「View(見方)」

子どもアドボカシーをより深く理解するために、大切な視点があります。

子どもの権利条約第12条(意見表明権)の原文では、「opinion」ではなく「view」という言葉が使われています。
日本語に訳すと「意見を言う」というより、「見方」という意味があります。

つまり、論理的な言葉としての「意見」を待つのではなく、「その子にとって世界がどう見えているか、どう感じているか」という「見方」そのものを大切にしようというメッセージなのです。

言葉を話さない赤ちゃんの泣き顔も、すべてがその子の世界の見方を表す大切な「view」。
こうしたサインを見逃さず、一人の人間の意思として受け止めることこそが、子どもの「参加する権利」を守る第一歩となるのです。

子どもアドボカシーを支える「6つの原則」

これからの社会は、子どもの意見を尊重し、望んでいることを実現するサポートを意識的に行い、それが自然とできるようになることが求められています。
その指針となるのが、次の6つの原則です。

  • 子ども主導
    4つの理念である「セルフアドボカシー」と「子どもは権利行使主体」に立って、子どもがアドボカシーを導いていくこと。
  • エンパワメント
    子どもがアドボカシーできるよう、子どもの力を発見し、その力を使って自分で話をするのを助けること
  • 秘密を守る
    プライバシーを常に尊重し、子どもの同意なしに他に漏らさないこと。ただし子ども自身や他の人に重大な害が及ぶことを防ぐため、また裁判所が命じた場合は秘密を伝えることがあると子どもにきちんと伝えること。
  • 独立性
    子どもアドボカシーをするアドボケイト(代弁者)が、全ての利害関係から自由であること、それを子どもがちゃんと信じることができるようにすること。
  • 機会の平等
    性別、人種、宗教、文化、年齢、民族、言語、障がい、セクシャリティを理由にアドボカシーが妨げられないようにすること。
  • 子どもの参加
    アドボカシー活動のすべての段階に子どもたちが参加することで、子どもアドボカシーがより効果的になること。

子どもの意思や意見をきちんと聞き、共に行動する。
大人が大人にやるのと同様に、子どもに対してもすることで、子どもの自尊心や自己肯定感が高まっていくそうです。
最終的には、将来のウェルビーイング(体と心と環境社会での幸せの向上)につながっていくとのこと。

子どもも大人も、対等。
表現の仕方が違うだけ。
「この子は今、何を伝えようとしているんだろう?」
まずはそう立ち止まって、子どもの「View」に向き合うことから始めてみませんか?

ゆんたく時間で語られた、参加者からの声

高祖さんからのお話を受けて、後半は参加者全員での”ゆんたく時間”。
大人も子どもも一緒に、自由な感想シェアを行いました。
「話を聞いたら、こんなことが浮かんできた」「こんなことに悩んでいて・・・」「これってどう思う?」
などなど、自然と湧き上がってくる言葉や状況が、今後条例を形作っていくには大切です。

当日出てきた声の一部をご紹介します。

飛行機も電車も、交通機関のほとんどが大人中心に作られている気がする。泣いても良いんだと、赤ちゃんが安心して感情を出せるような環境であってほしい。そういう環境が親の余裕にもつながっていく。

身体的暴力は分かりやすいけど、精神的暴力は、受けている子ども本人も含めて気づきにくいよね。どうしたら子どもを守れるのだろうか?

外で子どもがお行儀悪くした時、「周りの人から文句を言われるかも」という不安が常にあり、日本の”空気を読む文化”が親にとって大きなプレッシャーになっている気がする。

「なんで職員室ではお菓子がいいのに、子どもはダメなのか?」と疑問に思う。「大人は良くて子どもはダメ」というルールが多いけど、理由を言ってくれる大人がほとんどいない。

制服をなくしたいと要望したけど、学校側は聞いてくれなかった。暑さや着替えの問題もあり、「着たい人は着ればいい」という選択制にしてほしい。

いじめではないけど、教室に行けない子どもに対して、話したい先生と話せる機会を作るサポートがあると良い。

「叩かれていい子供はいない」というメッセージをもっとポスター化し、学生が多い場所に掲示してほしい。

企業が協力してくれて、子どもの体調不良時に休みやすい職場環境づくりを促進してくれたら、子どもの声に応えやすくなるかもしれない。

Vol.1を終えて

何気なく使っていた言葉や態度が、
もしかすると子どもの声を奪ってしまっていたのかもしれない——。

今回の時間は、そんなふうに自分自身の行動を省みるきっかけになりました。
「子どもの権利」について学ぶ中で、私の中にふと浮かんできた言葉があります。

「大人だって、同じだな」

という一言です。

手を出されて、何も感じない大人はいない。
暴言を吐かれて、何も感じない大人はいない。
意見を無視されて、何も感じない大人はいない。

子どもだから許されて、大人には許されない行動なんて、
本来あるはずがないのだと思います。

すべての子どもが、
「私って、大切にされているんだな」
そう感じながら成長できる環境をつくること。

それが、今の私たち大人や社会に求められていることなのだと、
改めて強く感じる時間でした。

みなさんの声をざっくりまとめると、
大きく分けて、次の 2つの動き が求められているように感じています。

大人の学びの機会創出
親や教育者を含む社会全体の「大人」が、体罰禁止の法制化や子どもの権利について学ぶ機会を(妊娠中の両親学級など早期の段階から)継続的に持つこと。

子どもの意見を尊重する環境づくり
意見を言いっぱなしにせず、意見を採用できない理由も丁寧に伝えるなど、子どもが安心して意見を表明できる環境づくりを続けること。

次回のゆんたく会について

今回のゆんたく会のテーマは「ウェルビーイング」です!
子どもも、大人も、みんなで協力して「子どもが真ん中」な宮古島市を実現していきましょう。

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