はじめに
2026年3月15日、宮古島市役所2階大ホールにて「子ども・子育てゆんたく会 Vol.4」を開催しました。
第4回目となる今回は子どもの意見をとことん聞いてみよう!という趣旨のもと、宮古島の小中学生たちが主役となり、日頃感じている「なんで?」を全力で爆発させる時間となりました。
会場には「家庭」「学校」「社会」と書かれた大きな模造紙を用意しました。
そこに、子どもたちが日頃感じている「なんで?」や「おかしくない?」という本音をポストイットに書き出し、自由に貼り付けてもらうスタイルで進めていきました。
最初は少し遠慮がちだった子も、仲間の書いた言葉を見るうちに「実は自分も……」とペンが止まらなくなり、気づけば模造紙は色とりどりのポストイットで埋め尽くされていきました・・・!
そんな風に、子どもたちが全力で爆発させた「生の声」を、いくつかご紹介します。
家庭への「なぜ?」
- お父さんは夜中までゲームするのに、子どもは土日だけ。なんで?
- 親は酒飲みで夜遅くまで飲みに行ってるのに、こどもが7時くらいに帰ったら怒ってくるのなんで?
- 『大人はなんでも分かるんだよ』と言われることに、とても苛立ちました
- 自分の仕事がうまくいかない時にやつ当たりが多い
- 『お兄ちゃんだからガマンしなさい』と言われるのが謎
- 親は自分の欲しいものは買うのに、おれの欲しいものは買ってくれない
- 『勉強しないとゲームができない』のはなんで?
- たまに自分のことと、他の人とを比べて『〇〇はこうだった』とか言ってくる
- 大人は子どもが何かを言おうとしても、言う前に何か言ってきて、自分の言いたいことを言えない
- 反省してても『反省してないでしょ?』と言われて、説教が長引く
学校への「なぜ?」
- 先生はお菓子を食べているのに、自分たちには『学校に関係ないものは持ってくるな』と言う
- お気に入りの生徒によって評価を変えたり、態度が違う
- 個性大事って言いながら、髪染め禁止、ツーブロ・パーマだめ。制服はそろえる。どこが自由?
- 先生の機嫌次第で毎日の宿題の量が決まる
- 昨日まで良かったルールが突然変更される。理由に納得できない。
- 『もう授業やりません!』と飛び出した先生が、後で『呼びに来いや!』と言ってくる。
- なぜ学校に行っているのに、家でも勉強しなきゃいけないのか
- しかるついでに自分の武勇伝話してきて授業がつぶれる
- 連帯責任の意味がわからない
- 冬の寒いとき、先生たちは長袖長ズボンなのに、うちらは半袖なのはなぜ?
社会への「なぜ?」
- 「大人は良くて子どもはダメ」というルールが多いけど、理由を言ってくれる大人がほとんどいない。
- マンションの廊下をしゃべりながら歩いて、大声とか出してないのにうるさいと注意される
- タクシーの運転手が窓からコップや食べたゴミなどをポイ捨てしていた
- なぜ値上がりは結構するのに、値下げはあんまりしないの
- ゴミ収集車が来る時間が早すぎる
- なぜ好きな時に好きなことができないの
おわりに
明日から意識したいこと
大人の「当たり前」で遮らず、子どもの言葉を最後までじっくり聴くことから始めてみる。
今回のゆんたく会を通して、多くの気づきがありました。
まず痛感したのは、「子どもの声を聞く前に、いかに大人が決めつけているか」ということです。
大人にとって「当たり前すぎて説明不要」だと思っていることも、かつて誰かが丁寧に説明してくれたり、経験を重ねて納得してきたことだったりするかもしれません。
もし、もっと丁寧に接することができていれば、大人との関係性をもっと良好に築けた子もいるのではないか、と気付かされました。
そして何より衝撃だったのは、子どもの成長を願って「良かれ」と思ってしていることも、丁寧な説明がない限り、子どもには「押し付け」や「理不尽」として映ってしまうという事実です。
子どもたちが自分の意思を伝えることを諦めてしまう社会にしてはいけないと、改めて痛感する時間でした。
この「心の諦め」は、単なる一時の不満ではありません。
自分の意見を後回しにされ、向き合ってもらえない経験が重なると、子どもは「どうせ言っても通じない」と、意思を伝えること自体を諦めてしまいます。この諦めは、自分で考える力や挑戦するエネルギーを削ぎ、将来の宮古島にとって「自分たちの力で島を良くしていこう」という主体性の欠如にも繋がってしまうのではないでしょうか。
宮古島が、子どもたちが「自分は大切にされている」と心から信じることができるように。
そして、大人が子どもたちの「View(見方)」を当たり前に大切にする島になるように。
一緒に、一歩ずつ進んでいきましょう!